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【いきいき期】 「学校はダメでも仕事は大丈夫でした①」 ~不登校経験者インタビュー~

2025年10月25日

【いきいき期】 「学校はダメでも仕事は大丈夫でした①」 ~不登校経験者インタビュー~

「不登校だったが今は〇〇」・・・芸能人、起業家、研究者、漫画家、小説家など活躍中の著名人が過去の不登校を明かしている記事や書籍を見て勇気づけられた方は多いと思います。私もその一人です。ロボット研究家で「分身ロボット OriHime」を開発された吉藤オリィさんや、不登校に関する様々な情報発信をしたりゲームの家庭教師を派遣する「ゲムトレ」を経営されている小幡和輝さんの活躍などは眩しくて素敵です。

一方で、著名人の事例ではなく、もう少し身近で活躍している”等身大の事例”も知りたいと思っていました。我が子が吉藤さんや小幡さんのようにその道を極める姿はなかなか想像できないですからね・・・。

”等身大の事例”を紹介

今日はそんな身近な事例をご紹介したいと思います。「私にとっての身近な事例」で恐縮ですが、某システム会社にお勤めのYさんという女性にお話しをお聞きしました。Yさんはシステム会社にて、SEと顧客をつなぐお仕事をしています。システムに精通していて、しかもコミュニケーション力が高い優秀な女性です。

社員の多くが有名大学出身のその会社で活躍中のYさんが、実は通信制高校出身で学歴としては「高卒」であることを最近知り、お話しを聞いてみました。2回に分けてご紹介します。

小中時代の不登校

Yさんが学校に行けなくなったのは小4の頃でした。

明確なきっかけはなく、ただ、その頃、クラスの中がいくつかのグループに分かれてしまい、どのグループの子とも仲良くしていたYさんにとっては心が痛む状況になっていたようです。(不登校になる子どもは周囲とのコミュニケーションが苦手な子が多いのかと思われがちですが、実はYさんのように、友だちから好かれる子の場合も多いのです。)

一度学校から足が遠のいてしまうと、「教室のドアがとても重たいものに感じられた」そうです。

30代のYさんが小学生だった頃、例えば今から20年前の平成17年度の小学生の不登校割合は0.32%(317人に一人)です。令和5年度の2.14%(47人に一人)と比べるとかなり珍しい存在でしたが、Yさんの場合はお母さまが素晴らしく、早々に「行かなくても大丈夫!」とYさんの肩の荷を下ろしてくれました。その後、中1で登校するようになるも、再び中2・3と不登校を経験します。

「バイト、応募しておいた」

高校は内申点が取れていないため、選択肢がほとんどなく、お母さまが見つけてきた週4日通学する単位制の高校に進学しました。なんと、お母さま、高校だけでなく「残りの3日はバイトができるから応募しておいた」とバイト先も見つけてくれたそうです!?

バイトが転機に

初めてのアルバイトはファーストフード店での接客でした。小学生の頃は友達も多かったYさん。人と接する仕事は合っていたようでそこからは、人気のディズニーランドでのバイトなど、どんどん他の仕事にもチャレンジしていきます。「人から必要とされている」事が実感できます。

働くことの楽しさ・やりがいに目覚めたYさんはより自由度の高い通信制高校に転校し、アルバイトの日数や時間を増やし、卒業後も数年はアルバイトに打ち込みます。「学校はダメだったけど仕事はできた」と大きな手ごたえを感じていました。そんなYさん、いよいよ社会人になります。(次回へ続く)

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